簿記とFP、どっちを先に取るべきか。
検索して、比較記事を何本も読んだと思います。そしてどれも、最後はこう書いてあったはずです。「目的によって選びましょう」。
——その目的が、はっきりしないから迷っているのに。
気づけば比較記事を読み比べるだけで2週間が過ぎて、テキストは1冊も買っていない。この記事は、その状態から抜け出すために書きました。
先に結論を書きます。
迷ったら、明日から自分の生活で使う方から取る。
そして多くの会社員にとって、それはFP3級です。
「どっちが上か」ではなく「どっちを先に使うか」で決める
はっきり言っておきたいのは、これはどちらの資格が優れているかという話ではないということです。簿記のほうが格上だとか、FPは趣味の資格だとか、そういう話ではありません。
決め方を変えるだけです。「どっちが価値があるか」で比べると、両方に価値があるので永遠に決まりません。だから比べる軸を変えます。
その知識を、自分が最初に使うのはいつか。
この軸なら、答えは人によって一つに決まります。そして経理・財務・会計事務所など、仕事で日常的に数字や帳簿を扱っている人は、迷わず簿記が先です。使う場面が毎日あるからです。この記事は、そうではない人——「キャリアのために何か取りたいけれど、どっちだろう」という人に向けて書いています。
なぜ「先に使う方」なのか。理由を3つ挙げます。
根拠1:簿記とFPは、見ているお金の向きが逆
そもそも、この2つは競合していません。お金を見る向きが正反対だからです。
- 簿記=会社のお金を、記録して読むための技術
- FP=自分のお金を、設計するための知識
これは印象論ではなく、試験範囲がそうなっています。FP3級の学科試験は、次の6分野で構成されています。
- A:ライフプランニングと資金計画(社会保険、公的年金、住宅ローン)
- B:リスク管理(生命保険、損害保険、第三分野保険)
- C:金融資産運用(投資信託、債券、株式、運用と税金)
- D:タックスプランニング(所得税の仕組み、各種所得、所得控除)
- E:不動産
- F:相続・事業承継
並べてみると分かります。これは全部、自分の家計に今ある項目です。給与明細から引かれている社会保険料。毎月払っている保険料。年末調整で書かされる控除。証券口座で買っている投資信託。
一方の簿記3級は商業簿記——会社の取引を仕訳に起こして、決算書に組み上げる技術です。「借方 仕入/貸方 現金」の世界であって、あなたの家計簿の話ではありません。もちろん決算書が読めるようになるのは大きな武器ですが、その武器を抜く場面は、経理でなければ自動的にはやって来ないのです。
つまり両者の差は難易度ではなく、知識を使うまでの距離です。FPは距離がゼロ。簿記は、自分から仕事の中に使う場面を取りにいく必要があります。
根拠2:自分に関係のある知識は、記憶に残りやすい(Rogers ら 1977)
「使うまでの距離」が近いと、なぜ有利なのでしょうか。合格だけを考えるなら関係なさそうに思えます。
ここには、心理学でよく知られた研究があります。ロジャース、カイパー、カーカーが1977年に発表した自己参照効果の実験です(Rogers, Kuiper & Kirker, Journal of Personality and Social Psychology, 1977)。
実験では、同じ単語を4つの異なるやり方で処理してもらいました。文字の形を見る、音を聞く、意味を考える、そして「これは自分に当てはまるか」と考える。その後どれだけ思い出せるかを比べたところ、自分に当てはめて考えた条件がもっともよく記憶されました。
FP3級の勉強は、この「自分に当てはめる」がほぼ強制的に起こります。所得控除を勉強すれば自分の源泉徴収票が気になる。第三分野保険を勉強すれば自分が入っている医療保険の中身を確認したくなる。覚えようとしなくても、自分ごとになった知識は勝手に残ります。
逆に、経理でない人が簿記を学ぶときは、この装置が働きません。だからこそ簿記は解いて手を慣らす勉強法が要る——これは簿記が劣っているのではなく、必要な戦い方が違うということです。
根拠3:入口としての軽さは、データにも出ている
最後は、率直に数字を見ます。
日本FP協会が公表している3級FP技能検定の結果は、2025年10月〜2026年2月のCBT試験で学科86.60%(受検42,641名中36,926名が合格)、実技84.88%(42,409名中35,997名が合格)でした。
対する日商簿記3級のネット試験は、2025年4月〜2026年3月で受験276,477名中112,797名が合格、合格率40.8%です。
ただし、この2つを単純に並べるのはフェアではありません。FP技能検定には受検団体が2つあり、もう一方のきんざい(金融財政事情研究会)の3級は、日本FP協会より合格率が低い傾向が続いています。金融機関の業務命令で受ける人が多いなど、受検者層が違うためだと言われます。数字がひとり歩きしやすいので書いておきますが、「FPは誰でも受かる」と言い切るのは正確ではありません。
それでも、入口の軽さの傾向は動きません。FP3級の学科は90分で60問、実技は60分で20問、いずれも多肢選択式。合格基準は学科60点満点中36点、実技100点満点中60点で、満点は要らず6割です。記述も、電卓を叩き続ける決算問題もありません。
資格を1つも持っていない人にとって、最初の1つは「受かる経験」そのものが目的でもあります。ここでつまずくと、2つ目に進めません。
参考:FP技能士の取得者数及び試験結果データ(日本FP協会)/簿記受験者データ(商工会議所)
「明日から使う方」を選ぶと、1年後に差が出る
——今までのあなた。
ブラウザには比較記事のタブが5つ開いたままです。どの記事も「目的で選びましょう」で終わっていて、読み終えても決まらない。良さそうだから両方いずれ取ろう、と思いながら、今日もテキストは買っていません。
——「先に使う方」から始めた、これからのあなた。
勉強を始めて2週間ほど経った頃、給与明細を眺めていて手が止まります。ここに引かれているのは、この前やった社会保険料だ。控除の欄を見て、年末調整で書かされていた紙の意味が初めて分かる。合格発表はまだ何ヶ月も先なのに、知識のほうが先に生活へ降りてきています。
あ、これ、この前勉強したところだ。
少し、私自身の話をさせてください。
私はFP3級を持っていますが、取ろうと思った動機はキャリアではなく、税金や保険のことを何も分からないまま払い続けているのが不安だったからでした。勉強は散歩をしながら音声を聞くのが中心で、まとまった勉強時間はほとんど取っていません。
それでもはっきり覚えているのは、効果が出たのが合格した後ではなく、勉強している最中だったことです。
保険の分野を勉強しているときに、自分が入っている保険の証券を引っ張り出しました。運用の分野を勉強しているときに、NISAの仕組みが「制度の名前」から「自分が使える箱」に変わりました。試験に受かる前に、自分の保険を自分で判断できるようになっていたのです。
これが「使うまでの距離がゼロ」ということだと思っています。合格証書を待たなくても、勉強した分だけその週に効いてくる。だから続きました。
今日、片方のテキストを1冊だけ買ってください
最後に、はっきりお伝えしたいことがあります。
簿記とFPは、どちらか一方を選んだら、もう一方を捨てるという関係ではありません。会社のお金と自分のお金、両方読めるようになるのが理想で、実際その順番で両方取る人はたくさんいます。
今日決めるのは、優劣ではなく順番だけです。
だからこそ、両方は買わないでください。2冊買うと、どちらも中途半端に開いて、どちらも進みません。今日買うのは1冊です。
比較記事のタブを閉じるのに必要なのは、もう1本の比較記事ではありません。1冊のテキストが手元に届くことです。
それが届いた日から、あなたはもう「どっちにしよう」と検索する人ではなくなります。
参考文献・出典
- 日本FP協会「3級FP技能検定 試験範囲」 https://www.jafp.or.jp/exam/subjects_03/
- 日本FP協会「FP技能士の取得者数及び試験結果データ」 https://www.jafp.or.jp/exam/syutoku/
- 日本商工会議所「簿記 受験者データ」 https://www.kentei.ne.jp/bookkeeping/candidate-data/data_class2-3
- Rogers, T. B., Kuiper, N. A., & Kirker, W. S. (1977). Self-reference and the encoding of personal information. Journal of Personality and Social Psychology, 35(9), 677-688. https://doi.org/10.1037/0022-3514.35.9.677

