電卓は決まった。あとは打つだけ——と思っていたところに、こんな検索候補が出てきませんか。
簿記 試験 電卓 メモリー機能
メモリー機能。電卓の上のほうにある、M+ や MR と書かれたキーのことです。存在は知っているけれど、使ったことはない。そして同時に、こういう不安もあるはずです。
そもそも、試験で使っていいのだろうか。
結論から書きます。使っていいですし、使ったほうがいいです。理由は「速いから」ではありません。もっと確実な理由があります。
覚えるキーは3つだけ。途中の数字は電卓に預ける
この記事でお渡しするのは、一つです。
途中の数字は、電卓に預ける。
簿記の計算では、途中の数字が何度も出てきます。この行の合計、あの行の合計、その差額。多くの人はそれを問題用紙の余白に書き写して、次の計算に進みます。
そこが、事故の起きる場所です。書き写すという行為があるから、書き写し間違いが起きる。だったら、書かなければいい。その置き場所が、メモリー機能です。
覚えるキーは3つだけです。
① M+(メモリープラス):今の数字を預ける
表示されている数字を、電卓の中の「貯金箱」に足すキーです。
便利なのは、掛け算の答えをそのまま預けられることです。「単価×数量」を計算して M+、次の行も「単価×数量」で M+。これを繰り返すだけで、貯金箱の中には各行の合計が積み上がっていきます。1行ごとに答えをメモする必要がありません。
引きたいときは M− を使います。使い方は同じです。
② MR(メモリーリコール):預けた数字を呼び出す
貯金箱の中身を画面に表示するキーです。機種によっては RM と書かれています。
先ほどの例なら、全部の行を M+ し終えたあとに MR を押せば、それが総合計です。紙に書くのは、この最後の1つの数字だけで済みます。
③ GT(グランドトータル):「=」の答えを自動で集める
GT は、「=」を押して出た答えを、自動的に足し続けてくれる機能です。M+ を押す手間すら要りません。計算をいくつか済ませたあとに GT キーを押すと、それまでの答えの合計が出ます。
M+ との使い分けは単純です。「=」で区切って順番に計算していくなら GT、途中で足したり引いたりを混ぜるなら M+。迷ったら M+ と MR の2つだけで十分です。
そして、使い終わったら消す
ここだけは注意してください。メモリーの中身は、消すまで残ります。
前の問題の数字が残ったまま次の問題で M+ を押すと、混ざった数字が出てきます。原因が分かりにくいので、質の悪いミスになります。
問題が変わったら MC(機種により CM)で消す。多くの電卓では MR と MC が1つのキー(MRC)になっていて、1回押すと呼び出し、2回押すと消去です。GT も同様にクリアが必要です。
画面の隅に M の文字が出ていたら、貯金箱に何か入っているサインです。問題を解き始める前に M が消えているか見る。これを癖にすれば事故は起きません。
根拠1:メモリー機能は、禁止されている4つに入っていない
まず不安を消しておきます。
電卓の選び方の記事で確認したとおり、日商簿記が持ち込みを禁止しているのは次の4つです。
- 印刷(出力)機能
- メロディー(音の出る)機能
- プログラム機能(関数電卓等の多機能な電卓、売価計算・原価計算等の公式の記憶機能があるもの)
- 辞書機能(文字入力を含む)
メモリー機能も GT も、この中に入っていません。禁止されているのは「売価計算・原価計算等の公式を記憶する機能」であって、計算途中の数値を一時的に置いておく機能とは別物です。M+ や GT は、家電量販店に並ぶごく普通の電卓に最初から付いている基本機能です。
つまり使わないという選択に、ルール上の理由はありません。知らないまま損をしているだけ、という状態です。
根拠2:書かなければ、書き写し間違いは起きない
速さの話より先に、こちらを書きます。
簿記の失点には2種類あります。分からなくて落とす点と、分かっていたのに落とす点です。後者のかなりの部分が、転記です。
3ケタずれる。桁を1つ多く書く。似た数字を取り違える。どれも実力とは関係のないところで起きて、しかも見直しても気づきにくい。自分が書いた数字を、自分で正しいと思って読み直すからです。
ここで大事なのは、注意力を上げようとしないことです。書き写す回数が減れば、書き写し間違いの機会そのものが減ります。回数がゼロなら、その種類のミスは起こりません。
時間の面も見ておきます。日商簿記の試験時間は3級が60分で3題以内、2級が90分で5題以内、いずれも合格基準は70%以上です(商工会議所公表)。決して余裕のある設定ではありません。1問あたり数秒の書き写しでも、積み上がれば見直しの時間を削ります。
速くなるかどうかは打鍵の慣れにもよりますが、書く回数が減ることだけは、使った初日から確実に起こります。
根拠3:外に預けると、頭の中が空く(Risko & Gilbert 2016)
「そのくらい覚えていられる」と思う方もいるかもしれません。ここに、面白い研究があります。
リスコとギルバートが2016年に発表したレビュー論文『Cognitive Offloading』(Trends in Cognitive Sciences, 20, 676-688)です。認知的オフローディングとは、論文の定義によれば「認知的な負担を減らすために、物理的な行為によって課題の情報処理の要求そのものを変えること」を指します。
メモを取る、指を折って数える、スマホにリマインダーを入れる。どれも、頭の中だけでやろうとせず外に預けている行為です。M+ を押すのも、まったく同じことをしています。
そしてこの論文には、もう一つ重要な指摘があります。人が「預けるかどうか」を決めるとき、自分の記憶力の見積もりに頼っている。そしてその見積もりは外れることがあり、結果として最適でない選択をしてしまう——という点です。
つまり「これくらい覚えていられる」と思っている人ほど、預けずに損をしやすいということになります。試験中という、緊張していて時間に追われている状況ならなおさらです。
「電卓に預ける」を覚えると、解く速さはこう変わる
——今までのあなた。
問題用紙の余白は、途中の数字でびっしり埋まっています。集計するたびに書き写し、次の計算でそれを読み取る。最後に合計が合わなくて、どこで狂ったのかを探してまた同じ計算をやり直しています。
——途中の数字を預けるようになった、これからのあなた。
各行を計算しては M+。余白は、ほとんど白いままです。最後に MR を1回押して、出てきた数字を解答欄に書く。書き写す場面が1回しかないので、書き写し間違いも1回分しか起こりようがありません。
途中の数字は、書かなくていい。
少し、私自身の話をさせてください。
私はQC検定2級とFP3級で電卓を使いましたが、メモリー機能は使っていませんでした。足し算と引き算と掛け算だけを打って、途中の数字は紙に書く。M+ というキーがあることは見えていたはずですが、調べようと思ったことがありませんでした。
今回この記事のために調べ直して、素直にこう思いました。
問題を解くのが早くなるなら、使い方を学んで使えばよかった。
正直に書くと、私は「使ってみたらこれだけ良かった」と語れる立場にありません。使わないまま終わった側です。だからこそ、これから受ける人には伝えておきたいと思いました。覚えるのに必要なのは、3つのキーと5分だけです。その5分を惜しんで、私は最後まで余白に数字を書き続けていました。
あなたは、まだ間に合います。
今日、M+ を3回押してみてください
最後に、今日やることを一つだけ。
手元の電卓で、次のとおり押してください。
- MC を押す(または MRC を2回。画面の M が消えます)
- 100 M+、200 M+、300 M+ と押す
- MR を押す
600 と出れば成功です。これで、あなたはもうメモリー機能を使えます。覚えることは、本当にこれだけです。
あとは問題集を解くときに、余白に数字を書きそうになったら一度止まって、M+ を押してみてください。最初は遅く感じますが、それは操作を思い出しているからで、数日で逆転します。
なお、簿記の電卓にはもう一つ有名なテーマがあります。左手で打つという話です。右手にペンを持ったまま打てるので理屈は分かるのですが、身につくまでに時間がかかり、今日から効くものではありません。これは別の記事で扱います。先に効くのは、間違いなくメモリー機能のほうです。
電卓は、禁止4つを外して選んだら、あとは3つのキーを覚えるだけ。それで、あなたの余白は白くなります。
参考文献・出典
- 日本商工会議所「簿記 試験科目・注意事項」 https://www.kentei.ne.jp/bookkeeping/class3/exam
- Risko, E. F., & Gilbert, S. J. (2016). Cognitive offloading. Trends in Cognitive Sciences, 20(9), 676-688. https://doi.org/10.1016/j.tics.2016.07.002

